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オーナーのつぶやき2018


スポーツ文化がスポーツ産業を創造する!!

榊 美樹

それは、雨の中の延長戦とPK戦との合間だった。

「何かお探しですか?」スタジアムのボランティアが声をかけて来た。「タクシーを呼びたいのですが」「少々お待ち下さい。運営スタッフに確認しますので。」と小走りに去った。迷路で右往左往する異邦人に、その声と姿は、不意に訪れ歓待した。6月の肌寒い夜、無償で、無心で、観戦もせずに、持ち場でその使命をひたすら果たしていた。

スタジアムのハード施設に魂を吹き込むのは、プレーヤーであり、観客サポーターであり、それを支える多くの無名のボランティアである。Jリーグ百年構想は、「する」「見る」「支える」ことでスポーツ文化を醸成させる。見返りを求めることが当然という計算高い気風は微塵も入る余地がない。勝利の旨い酒ができなくなるから。

天皇杯2回戦の相手は、かつてオシム監督が指揮したこともあるジェフユナイテッド千葉だった。延長戦まで2-2で終了し、惜しくもPK戦4-5で敗れた。現在、ラインメール青森はJFL(日本リーグ)に所属している。J2の千葉に勝利すれば、巨人を倒すところであった。対戦スタジアムはフクダ電子アリーナで、J1規格を上回る2万人が観戦できる。JFLの観客数は青森ダービーで2千人、10倍規模のファン層に支えられたチームに勝つことは至難の業だ。オシム元監督がユーゴスラビア代表として初めて日本に来たのは東京五輪。日本代表を相手に2ゴールをあげた。カラーテレビに感激し、農村をサイクリングした際には無償の梨をもらい歓待されたという。見ず知らずの外国人に対するホスピタリティが親日家になる原点だった。

ボランティアは、無償の贈与でもある。篤志家による青森市への寄付20億円は県民にある種の動揺を与えた。寄付金の意向は、健康増進とスポーツ振興に関わる事業資金にということだ。早速、青森市は「市次世代健康・スポーツ振興基金」を設置し、民間活力導入の可能性調査の公募と有識者会議を開催している。夢はスタジアム・アリーナ、J1規格の観客1万5千人が収容でき、観客席に全面屋根が設置されるスタジアムだが、今回計画されているのは残念ながらアリーナ(屋内競技場)のみとなっている。青森操車場跡地に青い森鉄道の新駅を設置し、交通網を整備して体育施設(アリーナ)との連動を図る。これにより、三内丸山、青森県立美術館、浅虫温泉までのツーリズムエリアが整備され、一流チームが県の総合運動公園を合宿地にして、周辺の宿泊施設を利用することも可能となる。有識者会議には、山田高校サッカー部の黒田監督も参加し、アリーナ構想への持論を熱く語っている。この構想は哲学まで遡る必要がある。

余談だが、英国のプレミアサッカー専用のスタジアムは、最前列の客席と選手がプレーするピッチとの高さが等しい「ゼロタッチ」仕様だ。この臨場感は半端ない。北九州のミクニワールドスタジアム(J3ギラバンツ北九州の本拠地)が採用している。Jリーグでは、ゼロタッチスタジアムを災害などの緊急時に観客がピッチへ避難しやすいといった安全上の観点からも推奨している。防災と言えば、ヴァンラーレ八戸の本拠地であるダイハツスタジアムは、最大津波から被災を免れる一次避難施設としても機能する設計で、沿岸部の防災拠点の役割も担っている。

スタジアム構想に戻ろう。「Jリーグ百年構想」の成否となるのは、「スタジアムの未来」だ。それは単なるハコモノではなく8つの哲学、リアルな想いが美術背景のように存在している。

 

  1. 文化として【サッカースタジアム】
    もっとピッチに近く! 感動の劇場となれ!
  2. シンボルとして【ホームスタジアム】
    街の誇り、レヂオン(地域)のために。
  3. コニュニティができる【ファミリースタジアム】
    年齢、性別、国別、ハンディを超えて歓待する。
  4. ホスピタリティ【社交スタジアム】
    感情を共有し、他者とつながる、ともに食べる。
  5. 街の集客装置【まちなかスタジアム】
    中心市街地活性化の新たな求心力。
  6. 環境にやさしい【グリーンスタジアム】
    経済成長と環境政策との両立。
  7. 多機能複合型【スタジアムビジネス】
    365日、試合のない日も人を呼ぶ、人が集まる。
  8. 防災拠点【ライフスタジアム】
    災害時の大規模ベースキャンプや住民の避難場所。

哲学の最初はやはり、ゼロタッチだ。格調高く表現すれば、眼前の不可測性から突然、選手とボールが出現し、音が炸裂し、毟り取られた天然芝が、ハイビジョン仕様の光源に照らされ、魂と魂の根源運動が繰広げられる。そして他者とつながる。中世のヨーロッパでは、饗宴は常に勝利を祝い、普遍的であるとともに、それは死に対する生の勝利であり、懐胎と出産と同値であると言われている。勝利せる肉体は、打ち負かされた世界を自らのうちにとりいれ改新されるとも。津軽弁で表現すれば「オソロシグ」(とても)「オモヘ」(面白い)だ。

しかし、哲学の後半では、算盤を弾かなくてはならない。多機能複合型スタイルとスポーツツーリズムによりどれだけの経済波及効果を想定できるのか。J1規格のスタジアムの建設は、確かに課題だらけだ。だが前に進むだけの価値はある。事業可能性の調査をもとに、活発な議論と対話が求められる。スポーツ文化を通じてスポーツ産業を創造させるためには、まず早急に、必要なテーブルとして、地方公共団体とスポーツ団体,観光産業などの民間企業が一体となって組織された「地域スポーツコミッション」を立ち上げるべきだと思う。

貧困率ワーストに近い青森県に何ができるのかと非難して、評論家に安住するのは簡単だ。しかし、未来は、我々の予測と不安を飛び越え、突然やって来る。無数の歓待に吸い込まれるように、異邦人(外国人、他県人)が青森を目指して世界から東京から逆流してやって来る。これを想像できるかどうか、そのためになにをすべきか、その構想力が試されている。その兆しは確かにある。異邦人は、八戸前沖さば・山菜みず・地鶏のシャモロックを地酒で流し込み、内臓から青森に改新されていくに違いない。孫歓待力の高いジッチャ・バッチャの用意周到なフランス風津軽弁に騙されながら。青い金魚が遠くを見ている。

以 上

ワールドカップ日本代表応援用の青い金魚ネプタ

追伸:写真は、ワールドカップ日本代表応援用の青い金魚ネプタ。製作者は弘前市在住の絵師の山内崇嵩(しゅうこう)氏。頬っぺたに日の丸を背負っている。

<参考資料>
スポーツ庁「スタジアム・アリーナ改革の推進」2018/4/17

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